草津温泉でひょんな事から敬老会の客に大うけし、更にテレビ中継で人気を博したテルマエ学園アイドル部・・・
その直後からテルマエ学園に連日、全国の温泉旅館より優待の申し込みが殺到していたのである。
「弾と葵、二人とも学園長の御期待に副いましたわね」
ゆかりはつい先ほど、白布(しらぶ)温泉から戻ったばかりである。
「ふむ、弾と葵に任せておいてもアイドル部も担任も何とかなるようだな。ゆかり君には、引き続きあの八人の調査に当たって貰う事としよう。ところで、どうだね?」
ミネルヴァはワインセラーを開け、シャンパンを取り出しグラスに注ぐ。
「モエ・エ・シャンドン・インペリアルですか・・・、頂きます」
二人は意味ありげな微笑みを交わしながら、乾杯しグラスの中身を飲み干す。
「DoDoTVも思った以上に役立っておるし・・・、もう少しアイドル部の売り出しに専念させるのも良かろう・・・。ところで次は?」
「はい、十津川温泉を予定しております」
「奈良の十津川か・・・、あそこで客を呼べたなら少しは成長したとも言えるが・・・」
「草津の事から考えると、十分に可能性はあるかと・・・」
「良かろう、アイドル部とDoDoTVの事は君に一任しておこう」
「承知致しました」
ゆかりは一礼し、学園長室を後にした。
「アイドル部、思った以上に楽しみになって来た。儂の為にもっと高みを目指して貰うとしようか・・・。手駒は多いほど良いのだから・・・」
改めて注いだシャンパンを眺めながら、ミネルヴァの高笑いが響いていた。
これから更に前進する野望の炎が見えるようだった。
東京から新幹線で新大阪駅へ。
更に貸切バスへと乗り換えたアキ達は一路、十津川温泉へと向かっていた。
近づくほどに山間の紅葉風景が深まり、清流が目の前に広がる大自然が眩しい。
アキ達の乗ったバスの後ろをDoDoTVの取材班のロケバスが追いかける。
「おいおい、今度は実習じゃなくてアイドル部の初コンサートを撮影しろってかよ。十津川なんて昔に刑事ドラマの撮影で行ったけど、ホントになーんもねえ辺鄙な村だぜ・・・」
連続で取材に駆り出されている三橋はいつもより更に機嫌が悪い。
「まぁ、仕方無いじゃないですか。三橋さんの気持ちも分かりますが、田舎もそれなりに良いもんっすよ」
ハンドルを握っている岩田は特に気にしている様子ではない。
「わたしは、あの嫌~な橘ゆかりさえ居なければそれでいいですよ」
三波はゆかりが来ないと聞いて、今回も乗り気になっているようだ。
「仕事ですからっ! でも、あのイケメン先生とイケメン君も来るんですよねっ!」
すずは仕事より弾と渡が気になって仕方が無いようだ。
「そうそう、それも楽しみよね~」
三波もすかさず追従する。
「まったく、女ってのは・・・。だいたいアイドル部の人気だって、俺らの中継のおかげじゃねーかよ」
三橋がぶつくさ言うのは、社命であっても裏にはミネルヴァの圧力があり決して逆らえない事への僅かな抵抗と言えなくもない。
「仕方ねぇ、仕事だけはきっちり片付けるぞっ!」
三橋の愚痴も十津川温泉に差し掛かった頃には収まりつつあった。
アキ達を乗せた貸切バスと遅れて到着したDoDoTV取材班のロケバスが十津川温泉の【花田旅館】へと到着した。
平日の秘湯という事もあり歓迎板には、テルマエ学園とDoDoTV以外の名前は無く、ほぼ貸切の状態である。
「いらっしゃいませ」
「お世話になります」
女将が出迎え、弾と葵が挨拶をする。
今回の目的はあくまでもアイドル部のコンサートである。
前回の草津温泉の噂が広まった事で全国各地の温泉宿からオファーが殺到し、テルマエ学園の理事会で開催地が決定された事になっているが・・・、きっとミネルヴァの一存で決められているだろうと誰もが予測していた。
ゆかりが立案し、ミネルヴァはそれを承諾していただけなのだが・・・
その為、温泉旅館は決まっていても二泊三日で何をどのようにするのかは現地で決めなければならない。
招待者である宿の女将とアイドル部顧問の弾、一期生担任の葵がメインとなって決めていくのだが、テレビ放送ということもあり三橋も企画会議に参加している。
企画が決まるまでの間は、アキ達は自由時間だ。
【花田旅館】の客室に通されたアキ達は部屋の中でくつろぐ。
窓を開けると裏山の林が間近に迫っており、手を伸ばせば木の枝に届きそうである。
窓を開けたアキが林の中に動くものを見つけた。
「わぁ、ねえねえ~見てぇ。猿がいるよ~。可愛い~」
木に登っている猿を見つけてはしゃぐアキ。
(タロと花子みたい)
故郷の事を思い出し、つい体を大きく窓から乗り出している。
「おいっ! 落ちるぞっ!」
前のめりになっている姿を見て、渡が引き寄せようとした反動で引き寄せられたアキが抱き締められる形で傾れ込む。
「わっ・・・、悪ィ・・・」
顔を赤らめながらアキを離す渡。
「う、ううん。ありがとう」
アキもすぐに渡から離れる。
(渡・・・、もしかしてアキの事を・・・)
二人を複雑な思いで見つめる七瀬。
奈美の一件以来、渡とはギクシャクした状態が続いているのだ。
ドシンッ!!
何かが倒れたような音がして、皆が一斉に音の方向へと振り返ると・・・
「アキちゃん! さぁ、わいの上やったら安全やでぇ。しっかりと受け止めたるさかい安心してやぁ」
何と八郎が畳の上で大の字になってニンマリとしている。
「ふん、それならあちがっ!」
「おぉっ、穂波さんでも大歓迎やでぇ♡」
つかつかと八郎に近づいた穂波は八郎の右手を取ると、そのままもう片方の腕を八郎の脇の上から固める。
「うわっ、何やっ!? 痛い痛い痛いっっっ!」
「これは、見事な脇固めですねぇ」
二郎が感心している。
「あほ、何を解説しとんのやっ! 痛い~、かんにんや~」
八郎と穂波、二郎の三人でトリオ漫才のような光景に笑いが広がる。
八郎は自分が思っている以上にムードメーカーとしての素質があるのだろうか。
「皆、揃ってるか?」
客室の扉が開き、葵が入ってくる。
続いて弾・女将・三橋も続いている。
「今回はテレビ局というプロの視点から、こちらの三橋さんに企画をサポートして頂くので軽く説明を・・・」
葵に紹介される形で三橋が前に出る。
「皆さん、人の話を聞く時は・・・?」
弾の言葉で慌てて皆が正座し、座り直した。
「えーっ、DoDoTVプロデューサーの三橋です。アイドル部の皆さん、今回は十津川村の公民館で歌とダンスを披露して頂く事になりました」
旅館に他の客がいないのだから、ここでコンサートしても効果が薄いという。
そこで地元の公民館でコンサートし地域住民の方達を招待するということになったようだ。
旅館の宴会芸ではない、本当のコンサート・・・。
黙って頷く、誰もが緊張していた。
その時・・・
グーッ!
「あかん、腹減ってしもうて・・・。山と川の幸が目の前を行ったり来たりやぁ・・」
「ボクも限界ダヨ・・・」
どうやら、音の主は八郎とケリアンのようだ。
女将もくすくすと笑い、緊張が一瞬で解ける。
「では、大広間で昼食としましょうか」
女将に案内されて大広間へと入ると、お膳が並べてある。
実は、アキ達も腹ペコになっておりあっという間に昼食を平らげたのだった。
昼食の後、弾と葵を交えてアキ達は円になりコンサートについて話し合っていた。
「まず、曲とダンスを決めなあきまへんなぁ」
「何かリクエストとかあるん?」
誰もが一瞬押し黙って考え込む。
「あの・・・」
(へぇ、アキがこんな時に発言なんて珍しい・・・)
七瀬の視線はアキに向けられる。
また、皆もアキへと視線を向けた。
「この前の【ダンシングひろ】、おばあちゃんの部屋で聞いた曲だったんです」
「おばあちゃん?」
「それは・・・云々」
手短に七瀬が経緯を説明した。
「それで、その時に聞いた【山本リンカ】とか【山田百華】とか【ピンキーレイディ】とかの曲でダンスするのはどうかなぁって・・・」
「うーん、発想は良いかも・・・」
何か思いきれない葵
「でも、知ってるのアキと七瀬だけじゃ・・・なぁ」
優奈はちらりと穂波を見る。
「あちも知らんし・・・」
「もうちょっとテンション高い方がいいかも・・・」
萌もどちら付かずのようだ。
「でも、敬老会の時は大うけだったよね!? ここも、おじいちゃんとおばあちゃんが多そうだし、レトロな曲が新しくカバーされて人気が出てるもの多いじゃない」
七瀬のフォローが入り、圭も同調する。
「そうだよ、きっと盛り上がるよ」
「俺は賛成だな」
「ボクもソレが良いと思うヨ」
渡とケリアンが同調する。
「よっしゃ、ここはわいが一肌脱ごうやないか」
八郎が太鼓腹を叩く。
「いや、お前は何もしない方が皆の為だ」
渡の一言で笑いが巻き起こる。
「なんや、いつもいつも! わいに恨みでもあるんか?」
「お前って、良い奴だと思ってるよ・・・」
「え・・・、そんなん言われたら・・・。もう、しゃーないなっ!」
弾と葵は黙って成り行きを見守っている。
(こいつらだけでもやれそうだな・・・)
きっと二人とも同じ事を考えているのだろう。
「ところで、伴奏は? 私たちで良いのか?」
葵が問いかける。
「はい、お願いします!」
一斉に皆からの返事が返ってくる。
(葵らしいな・・・、本当はやりたくて仕方ないんだろうに・・・)
「弾は?」
「仕方おまへんなぁ、顧問がせんかったら誰がやりますのや?」
「と、いう訳だ」
葵は勝ち誇ったように微笑む。
「やったぁ!」
「これでいけるよ!」
話が盛り上がるところで、弾が口を開く。
「それと・・・」
何だろうと皆が弾を見る、葵は隣で笑っていた。
「DoDoTVの三橋さんから聞きましてんけど・・・、白布はん?」
「はっ!? はいっ!?」
「以前にギター弾いて凄い上手やったと」
そう、学園祭の時の事である。
「どうでっしゃろ、白布はんにはギターと歌をお願いできまへんやろか?」
「三味線とギターのコラボ、誰もやってないから面白いんじゃないか?」
弾と葵は最初から打ち合わせていたのか、それとも単に同じ考えをしただけなのか、どちらなのだろう。
「涼香のソング、トテモ踊りやすいです」
直ぐにミッシェルが賛同した。
「ギターとシャミセン、ゼッタイ楽しく踊れるヨ」
ハンは今にも踊りだしそうだ。
「え・・・、でも・・・」
涼香はじっとアキを見つめる。
「やろうよ、涼香ちゃんなら絶対大丈夫っ!」
「あの時みたいにやっちまおうぜ!」
アキと穂波が涼香を元気づける。
「うんっ、皆が・・・。アキちゃんが言うならっ!」
「ソレジャ、カトリーナ?」
ケリアンがカトリーナを見る。
「OK、曲をリサーチシテ人気の高いの出スヨ」
カトリーナは持参していたノートパソコンを広間の大画面に接続した。
そして、曲が決まったのである。
「衣装はわいが準備したるでぇ」
「あんたじゃなくて、あんたの実家だろ?」
八郎に穂波が突っ込む。
「えぇやんか、明日には間に合わせたるさかい安心してや」
「師匠、地元に近いから有利ですねぇ」
「そうやで、二郎っ! お前も手伝えっ!」
「はいっ、師匠っ!」
八郎と二郎は大広間を走り出して行った。
「さて、後はダンスだけど・・・」
勿体ぶった口調で汐音が話し出した。
「誰か何か考えてる?」
誰もが首を横に振る。
「じゃあ、チアダンやろうよっ! リーダーは、わたしねっ!」
「チアリーディングってヤツ?」
「難しそう・・・」
圭と萌が顔を見合わせる。
「だいじょーぶ、なんてったってこのあたしが教えるんだからっ!」
汐音は自信満々である。
「そうだよ、汐音ちゃんが教えてくれたら絶対、出来るよ」
アキが皆を見回す。
「アキ・・・、あんたねぇ・・・」
穂波が何かを言いかけたが言葉を引っ込めた。
「よしっ、やるよっ!」
「やろうっ!」
優奈の言葉に七瀬が続いた。
「ハンも大賛成だヨっ!」
「マタ、楽しくなりソウネ」
ミッシェルもかなり乗り気になっていた。
「【山本リンカ】、『つるべうち』・【山口百華】、『ブレイゾーンPartⅡ』・【ピンキーレイディ】、『USO』か・・・、面白れぇ! こりゃ大化けするぞっ!」
弾から曲目を聞いた三橋は成功の予感を感じていた。
「じゃ、コンサートは」
「明後日のお昼、公民館でご近所の皆さんを集めてますので・・・。五十人くらいかと思います」
女将も出来るだけ多くの観客を集めようと彼方此方に電話を架けてくれている。
「よし! それじゃあ今日のうちに付近の風景撮りに行くぞっ! 岩田、堀井、カメラ出せ! 三波は準備できてるかっ!?」
「あの・・・」
女将が三橋に言いずらそうに話しかける。
「何か?」
「川へも行かれるのですか?」
「瀞八丁(どろはっちょう)を撮っておきたいんで・・・」
「今日は川が濁ってますので・・・」
「はぁ?」
「その・・・、この辺りでは川が濁ると河童が出ると言われてまして・・・」
「かっ・・・、かっぱぁ・・・!」
「いえ、迷信なんですが・・・。念のため、キュウリは絶対にもって行かないでください」
「三橋さーん、行きますよーっ!」
岩田の声が聞こえ、女将もその場を立ち去った。
「三波がいるしな・・・、いゃ、大丈夫だ。きっと・たぶん・でも・・・」
撮影に向かう三橋の足取りは重くなっていた。
「よーし、スタートっ!」
DoDoTVの撮影が始まった。
「はい、奈良県の十津川温泉からお伝えしています。テルマエ学園のアイドル部の中継は明後日ですので今日は瀞八丁(どろはっちょう)をご紹介しておきましょう。」
カメラは山間の風景を映し出す。
「今日は瀞八丁(どろはっちょう)からの中継です。ここは、十津川村と和歌山県の新宮市それと、三重県熊野市という三つ県の境界にもなっているんですよ。峡谷の両岸はなんと、高さ50mもの断崖で、巨石や奇岩があちこちに見られます。他にも1km以上続く洞窟もあり、日本を代表する景勝渓谷なんです。国の特別名勝としてガイドブックにも紹介されているだけじゃなくて、天然記念物にもなっているんです。凄いですよね~」
「カーットォ!」
「なかなかいい感じじゃないですか」
「そうだな・・・」
岩田に話しかけられた三橋だが、女将の言った河童が気になって仕方が無いようだ。
「あれっ!? 岩田さん、ほらっあそこっ!」
三波が渓谷を指さして叫ぶ。
「なんだ、あれっ!」
三橋はカメラを向けズームアップする。
川べりの岩の上から川へと飛び込む影が映っている。
「危ないなぁ、この辺りの子供か?」
「さっきまで何人かいたんですよ」
「もう秋だってのに水遊びしてるって、どんだけ元気なんだよ?」
「まったくですよねぇ」
「お待たせしましたーっ!」
すずが荷物を背負って登って来る。
「やったぁ、お弁当到着ね」
「腹減ったし、ちょうどいい休憩ですね。三橋さん?」
三橋は何か気が気でないようである。
「はい、お弁当ですよ」
すずが包装紙に包まれた弁当とペットボトルのお茶を配る。
「頂きまーす!」
「おっ、寿司折りじゃないですか」
「うわっ、おいしい!」
「わたし、海苔巻き大好きなんです」
岩田と三波、すずはまるで遠足気分になっている。
「三橋さん、どうぞ」
すずに渡された弁当の包を開ける三橋。
「稲荷ずし・新香巻き・かんぴょう巻き・・・、かっぱ巻き・・・!」
三橋の顔色が見る見るうちに青ざめてくる。
「かっ、帰るぞ・・・」
「えっ、でも・・・」
「いいから、撤収だっ!」
三橋の突然の指示に驚きながらも、急ぎ撤収したDoDoTVの面々。
ロケバスに戻ってから、岩田が撮影した画像をチェックしているすずが食い入るように画像を見ていた。
「どうした、堀井?」
「岩田さん、これ見てくださいよ」
「あぁ、川遊びしてる子供を映したやつだな」
「でも、これって何か背負ってません?」
「リュック背負って泳ぐなんてありえないだろ」
「リュックじゃなくて、大きな甲羅みたいにも見えませんか?」
「言われてみれば・・・」
「それに、服着てないですよね」
「どうしそう思うんだ?」
「だって、顔から足の先まで青っていうか緑っていうか一色なんですよ・・・」
「堀井・・・、このことは・・・」
「三橋さんには、内緒・・・ですよね。三波さんと一緒だからでしょうか・・・?」
「頼むから、俺に聞くな・・・」
岩田は何も無かったかを装いながらカメラの電源を切った。
翌日
「失礼します。お荷物が届いております」
仲居達が次々とダンボールを運ぶ。
「待ってたんやぁ」
八郎が喜々として箱を開いていく。
「師匠っ、これ凄いですよねぇ・・・」
八郎の趣向を知り尽くしてきた筈の二郎でさえ逡巡している。
それもその筈、中に入っているのは超ミニ・へそ出し・シースルーのダンス衣装なのだ。
「ちょっとマズいような気もしますが・・・」
「ええか、二郎。芸術は爆発させなあかんねん・・・。それに・・・」
「それに?」
「まだ秘密やけど、お前にも今回は特別に手伝って貰わなあかんこともあるねん」
「嫌な予感しかしないんですが・・・」
「まぁ、わいに任しとき・・・って、何やコレ? わい、こんなん注文してへんで?」
「何ですかね・・・、フサフサしてますけど・・・?」
「チアダンスのポンポンよ!」
いつの間にか後ろに汐音が立っていた。
どうやら、葵に頼んで注文して貰ったらしい。
「でも・・・、その衣装は揉めるんじゃない?」
「うるさいわいっ! 多数決で決めたら文句ないやろっ!」
「ふーん・・・」
意味ありげな微笑みを残して汐音は立ち去った。
しばらくして、レンタルしたギターも届き涼香もチューニングを始める。
「うわっ!」
「何これっ?」
「趣味悪ぅ~」
練習開始に集まった皆の前で八郎が発注した衣装を誰もが避難していた。
「こんなスケスケ着れっかよ!」
「八郎っ! あんたの趣味に付き合ってらんないのっ!」
穂波と優奈は憤慨を通り越して、激怒モードになっていた。
「師匠~、やっばりダメですよ~」
気弱になった二郎の言葉を遮るように叫ぶ声が聞こえた。
「コレはいけるぞっ!」
皆が振り返ると、そこには三橋の狂喜している姿があった。
「最高視聴率も十分に狙える!」
大歓喜している三橋は、葵と弾に駆け寄る。
「松永先生!家元! ぜひこの衣装でいきましょうっ!」
「え・・・?」
「マジ・・・?」
優奈と穂波も呆気に取られている。
テレビ局のプロデューサーが一押ししているのだ、もう誰も口を挟む事など出来なかった。
「やっば、解かる人は解かってくれるんやぁ・・・」
感無量の表情を浮かべる八郎。
「俺・・・、世の中ってのが解からなくなってきた・・・」
ぽつりと渡が呟き、隣で二郎が首を縦に振っていた。
プロデューサー公認となったシースルーのダンス衣装に着替え、赤と青のポンポンを両手に持ったアキ達に汐音のチアダンスレッスンが始まった。
「まず、座って足首のストレッチ。はい、次は立ってY字バランス。」
汐音が前に出て手本を見せ、皆がそれに倣う。
「アキっ、七瀬っ! 傾いてるっ! ハン、ミッシェルっ OKっ! はいっ、スタージャンプっ!!」
汐音は顔の前に両親指を出し、握ってからジャンプする。
「萌っ、圭っ! 良いジャンプだよっ!」
汐音の指導は続く。
「次っ、アームモーションっ!」
汐音が両腕を上下左右に動かす。
「優奈さんっ。穂波さんっ! もっとリズミカルにっ!」
かつてのような独りよがりなダンスでは無い、個々のレベルを見極めた丁寧な指導が続く。
「確か、あの娘だったよな」
「どうしたんですか? 岩田さん?」
三波が問いかけた。
「いや、サンバカーニバルの時に凄いダンスをしていた娘だったって・・・」
「そう言えば・・・」
岩田と三波はサンバカーニバルの時を思い出していた。
「あの娘・・・、確か・・・」
「すずちゃん、知ってるの?」
「ええ・・・、全国高校チアダンス大会で優勝した・・・。向坂汐音・・・」
「えっ!? えっ、えぇぇぇぇっ!?」
三波も驚きを隠せないようだった。
「間違いないです、わたしその時に初めてロケに行ったんですから」
「テルマエ学園・・・、どんな人材集めててんだよ・・・」
岩田はそれ以上の言葉が見つからなかった。
アキ達が汐音のレッスンを受けている間、別室では涼香のギターと弾・葵の三味線のチューニング作業が進んでいた。
「白布はん、俺の三味線と相性ぴったりですなぁ」
三味線とギターの相性の良さに驚く弾。
「いや、うちの方が相性ええわ」
なぜか葵も負けじと突っ込む。
「あ・・・、ははは・・・」
そんな二人のやり取りを見て、何とも言えない表情を見せる涼香だった。
涼香の歌の上手さは知っていたが、ギターを弾かせてもこれほどとは思っていなかった弾と葵は驚きを通り越して感心していたが・・・
(一度聞いただけで覚えて演奏できるなんて・・・)
「おい、こっちも打合せするぞ」
三橋に呼ばれ、岩田と三波、すずはアキ達の練習場を後にした。
「いいか、三波は客のじーさん ばーさんにアイドル部を紹介してとことん売り込めっ!」
三波が大きく頷く。
「岩田は、舞台のアイドル部を。堀井は徹底的にギターと三味線を撮れ、家元ばかり撮るなよっ!」
三橋の力の入れようはこれまでにない位だったようだ。
「三橋さん、えらく力入ってますねぇ」
長年一緒に活動してきた岩田ならではの言葉だろう。
「あぁ、これは絶対に成功する! 俺の勘がそう言ってる!」
三波とすずも黙って頷いている。
「俺のプロデューサー生命を賭けて・・・、最高視聴率取るぞっ! ミネルヴァのおっさんに一泡吹かせてやるっ!」
どうやら、三橋の熱くなっていた一番の原因は、対ミネルヴァだったのかも知れない。
アキ達のチアダンスのレッスンは続いている。
汐音は敢えて初心者用のレッスンを取り入れていた。
(これなら、何とかなる!)
そう汐音が感じていると同時にアキ達も少しずつではあったが自信を持ち始めていた。
「次は、ポンポン持って。赤と青ひとつずつね、それで前後に振って移動!」
汐音の声に合わせて皆が動く。
「1・2・3・4・5・6・7・8で、横に移動。次、左足曲げて伸ばして! 右も同じくっ! 隣と肩組んで、ポーズっ!」
40分を一クールにして10分の休憩、決して無理はしないように汐音は気を配っている。
何クールかが過ぎる頃にはかなりサマになるようになってきており、昼食と休憩の後、ギターと三味線に合わせて仕上げを行う事となった。
♬♬~
涼香のギターが音を奏で、弾と葵の三味線が追従する。
「はいっ! 皆、登場っ!」
アキ達は順番に登場するが、曲とダンスを合わせるのが難しい。
タイミングが合わない・・・
ポンポンを落とす・・・
隣と違うダンス・・・
左右の出す足の間違い・・・
「ストップっ!」
パンパンと手を叩き皆の動きを止める汐音。
「皆、曲に合わせてっ! もう一回最初から行くよっ!」
汐音はアキならアキの、ハンならハンの良い所と直すべき所を個人別に根気よく丁寧に指導を続け、五時間も過ぎただろうか。
やっと、アキ達も曲に合わせて踊れるようになってきたのだった。
誰もが頬を上気させ汗だくになっている。
だが、皆一様に充実した表情を浮かべていた。
もっとも、一番ホッとしていたのは汐音に他ならない。
「なんとか形になったぁ・・・。良かったぁ」
汐音がその場にヘナヘナと座り込む。
アキ達も汐音を取り囲むように集まってくる。
「向坂はん、お疲れ様でしたなぁ」
「よく頑張ったよ、向坂さん」
弾と葵が汐音をねぎらう。
汐音は精魂尽き果てたかのように俯いたままである。
「汐音ちゃん、こんなに一生懸命にありがとう」
アキの言葉に萌も続く。
「ボクも、チアダンって良いなって。汐音ちゃんのおかげ」
「あたしもチアダン続けようかな、汐音ちゃんと一緒にっ」
圭も満足げである。
「うち、汐音がリーダーしてくれて良かったと思う」
「今日のってすごく分かり易かったしね」
優奈と七瀬が顔を見合わせて笑う。
「汐音っ! ポンポンでダンス、ハン頑張るヨッ!」
「やっばり、ダンスのリーダーは汐音が一番だよっ!」
穂波もハンと手をかざしてガッツポーズを取る。
「明日も汐音がセンター、宜しくネッ!」
ミッシェルのウィンクが汐音に飛んだ。
「うっ・・・、うわぁぁぁぁぁぁんっ!」
その時、汐音が大声で泣き出した。
「わたし、リーダーしてチアダンするって言ったけど・・・。前の事もあるし・・・、皆が付いてきて来てくれるか、ずっと心配で・・・」
今までずっと胸の内にしまい込んで来た本音が一斉に吹き出してしまったようだ。
ぐすぐすと泣き続ける汐音。
「汐音ちゃん・・・」
「汐音・・・」
「汐音サン・・・」
汐音が涙に塗れた顔を上げると、そこには皆の温かい笑顔があった。
わだかまりの様なものが、解け始めた瞬間であった。
その日の夕食は、女将の心遣いで花田旅館自慢の【ぼたん鍋】であった。
新鮮の猪の肉と山菜ずくしである。
「猪って臭み無いんだな・・・」
渡も次々と箸が進んでいる。
「なんか甘味あるよね」
「コラーゲンたっぷりで美容にも良いんだって」
あっという間に食べつくしたのは、やはり若さ故の特権だろうか。
食後は明日に備えての最終打合せが始まった。
センターは汐音、涼香を挟んで両脇に弾と葵を配置。
右ウィングは外から、ミッシェル・圭・アキ・穂波。
同様に左ウィングは、七瀬・優奈・萌・ハンの順をしっかりと確認する。
「最初は横一列になって、そこから四人と五人に分かれて・・・」
弾や葵、涼香を含めて誰もが真剣に汐音の説明に聞き入っている。
しばらくして打合せに熱中している皆に気付かれない様に、渡・ケリアン・八郎・二郎がそっと部屋を後にした。
別に一緒に行動をする様子は無い。
各々が部屋を出ると別方向へと散っていった。
「早瀬だ。明日の午前中に十津川村公民館に・・・。そうだ、青の薔薇を365本頼む・・・。
宛名? 紅の風車で・・・」
渡は離れの廊下でスマホを使って話している。
ケリアンは誰もいない事を確認して、男湯の更衣室に入りスマホを取り出し、素早くメールを送る。
❝ターゲットは未確認ダガ、間違い無いト思われる。ヒトリ気になる人物ガイル、調査を継続スル❞
直ぐに返信があり、それを読み取ったケリアンが呟く。
「OK・・・、ワカッタヨ・・・。マッタク、ボスも人使いが荒イネ・・・」
スマホの電源を切ったケリアンは何事も無かったかのように服を脱ぎ、湯船に浸かった。
「フーッ、サテ・・・。ドウナルカナ」
八郎と二郎は混浴露天風呂の更衣室で何やら密談中である。
「コレが、【これであなたも猿飛佐助】や。わいの苦心の最新作やで」
「普通にある潜望鏡みたいですけど・・・」
「アホ言うな、これは耐熱性・防水性を極めた最新の360度小型高感度カメラに超小型酸素ボンベを組み合わせた最高傑作や」
八郎は二郎にこの夏休みの間、これを作るために心血を注いだ事を熱弁する。
「つまり・・・、覗き・・・ですよね?」
「そうや、これで【今日からあなたもスパイダーマン】の雪辱を果たすんや。わいは今から、最強のワニになるんやで」
ワニとは混浴温泉で湯船の中に潜み、女性が入ってくるのをずっと待つ続ける不届きな男性を指して言う。 水面から顔を出来るだけ低くして出し、女性客という獲物を狙うことからこのように呼ばれている。
「・・・で、僕は何を?」
「それはな・・・、ごにょごにょ・・・」
「うわっ! えっ! そんなっ!」
驚きながらも二郎の顔にも笑みが浮かんでくる。
「師匠、これは世紀の大発明ですよ」
「そうやろ、じゃあ頼むで・・・」
「はいっ! 任せてくださいっ!」
二郎は八郎から渡されたノートパソコンを持ってどこかへと消えて行く。
「よしっ、作戦開始やっ!」
八郎は【これであなたも猿飛佐助】を頭にセットして混浴露天風呂に湯舟に潜った。
八郎が湯舟に潜り、二郎が更衣室から出たのと入れ違いに女将が入ってくる。
「混浴は誰も入ってないみたいね。アイドル部の皆さんをご案内しないと・・・」
ガラガラと音を立てて扉を閉めた女将は混浴の入り口に張り紙をした。
「本日、貸切中。これで良しっ!」
(ふうっ、危ないとこやったわぁ・・・)
湯舟に潜っている八郎は胸をなでおろしていた。
「ここの露天風呂、ライトアップしてて紅葉とか綺麗だってさぁ」
穂波の声が聞こえる。
「猿もたまに入ってくるんだって」
続いて聞こえたのは、アキの声だ。
わいわい、きゃあきゃあとまるで修学旅行生のようなノリでアキ達は更衣室へと入る。
「Heyッ! イッチバン乗りデースっ!」
ガラガラッ! バッシャーン!
バスタオルも巻かずに走り出したミッシェルが裸で湯舟に飛び込んだ。
「Waoッ! ハンがニバンネッ!」
ハンも続いて湯舟に飛び込む。
「こらこら、お前らっ・・・ふぅ・・・」
流石に優奈も止められなかったようだ。
アキ達はバスタオルで前を隠して、ゆっくりと湯舟に浸かった。
バスタオル越しであってもアキの巨乳は目立っている。
「はぁ~、いいお湯だね~」
紅葉をライトアップして周囲を明るくしているので湯船は、ほの暗い。
そのせいもあるのだろう、誰も八郎が潜っていることに気が付かないでいる。
(うわぁ、よく見えるわぁ。アキちゃんの胸・・・、こっちはミッシェルのお尻やな・・・。まるで天国やなぁ・・・。さてと・・・)
さて、八郎の発明した【これであなたも猿飛佐助】だが通信機能もセットされており潜望鏡から見えた光景は全てパソコンに転送され保存されるようになっていた。
無論、そのパソコンとは二郎が八郎から託されたものに他ならない。
「師匠・・・、いけますよ。どんどん送ってください・・・。あっ! 鼻血が・・・」
その二郎は別室の押し入れに隠れてデータを受信し続けていた。
「ねぇねえ、こっちよく見えるよ」
萌がはしゃぐ。
「あとで五郎に夜景のメールしてやろっ!」
圭もライトアップされた夜景を楽しんでいる。
「田舎の露天風呂・・・、いいもんねぇ・・・」
汐音は満天の夜空の星を見上げている。
「きゃあっ! 誰かいるっ!」
湯煙の中に浮かんだ影を優奈が見つけて叫び、ハンが身構えた。
「八郎っ! お前かっ!」
湯煙の影に向かって穂波が叫び、アキ達は身を寄せ合って固まっている。
ウィィー キィィー
動物の鳴き声が聞こえた。
「あっ、お猿さんだぁ。ふーん、親子なんだね」
アキが影に近づいて話かける。
「おいおい・・・」
穂波が思わず言葉を出した。
「アキって昔からこうなんだよね」
七瀬の言葉に皆が振り返った。
「何ていうか、動物と意志が分かりあうって言うか・・・」
「話せる・・・とか?」
「んな訳・・・、あるかも・・・」
圭も萌も不思議なものを見ているような顔をしている。
「アキちゃん、凄ぉ~い」
感心しているのは涼香だけだった。
「ふーん、いつも温泉に入りに来るんだ」
アキと猿の会話??は続いていた。
その時、子猿が何かを見つけたように湯舟の暗がりに飛び込んだが、水しぶきが立たない。
「!?」
誰もが子猿の飛んだ方向を見ると、湯船の上に浮かんでいるのだ。
まるで空中浮遊の能力でもあるかの如く・・・
「What?」
ハンが何かを見つけた。
それは湯舟から垂直に突き出している棒だった。
子猿はその棒を左右に揺らす。
ザバッ!
子猿は水中から現れた何かに驚き、親猿のもとへと飛んで帰る。
「こらっ! 何すんねんっ! 何も見えへんやんかっ!」
「きゃあぁぁぁぁっ!」
悲鳴がこだました。
「えっ・・・、ヤバっ・・・」
青くなる八郎。
「お~や、どこのワニさんかと思ったら・・・、八郎かぁ。いい度胸してるなぁ」
指をポキポキと鳴らしながらゆっくりと穂波が近づいて行く。
「八郎、ハンが狩ってアゲル。覚悟スルネ」
ハンも近づいて行く。
「はっ! そっ、そうや! ここは混浴やから、わいがおっても・・・」
バシッ!
ハンの回し蹴りが八郎にヒット、ふらつく八郎を穂波がハンドネックで締め付ける。
「痛たたたたたっ、堪忍やぁ~!」
露天風呂に八郎の悲鳴が響いた。
その頃、別室の押し入れにいた二郎は・・・
「あれっ!? 画像が切れた・・・?」
その瞬間、ガラッと押し入れの襖が開けられた。
恐る恐る振り向く二郎。
そこには、弾と葵が鬼のような形相で仁王立ちしている。
「これはあきまへん。盗撮やからなぁ」
「そのパソコン、没収させてもらう」
「何でバレたんです・・・」
力なく項垂れる二郎は、弾と葵の後ろにカトリーナの姿を見つけた。
「日本ノ基準ジャナイ違法電波、偶然ヒロッタから探知したヨ」
「さて、鈴木君は確かニッパチコンビとかで大塩君とも仲良かったなぁ?」
「相棒は、何処だ?」
「・・・」
「混浴露天風呂か・・・、葵 頼むわ」
「分かった」
八郎と二郎は盗撮をした罰として、宿泊中は掃除や配膳など仲居の仕事を二人だけでさせる事になった。
勿論、葵と弾によって決められ、女将もそれを了承した上の事である。
だが、一つだけ問題が残っていた。
それは・・・
「さっさと吐けっ!」
「嫌やっ! ちゅーより、忘れてしもうた・・・、あの蹴りのせいやなぁ。頭にガーンと来たし・・・」
「僕はもともと知らないんですよ・・・」
八郎が盗撮し、二郎がデータ受信していたあのパソコンの起動パスワードを頑なに口を割ろうとしないのだ。
(アキちゃんらのフルヌード動画やで、わいの宝物。絶対に誰にも渡さへんで!)
「ゴメン・・・、ハンのせいカナ・・・」
「いや、そんなことは無い。気にしなくていい・・・。早瀬君、心当たりない?」
葵は何とか起動させて映像を確認し消去させようとしている。
「いえ・・・、普通は誕生日とかですよね・・・」
「HACHIROとかは?」
「SUKEBEとか?」
渡も穂波も圭もまったく手が出ない。
(ふふっ、わいの宝物は守ったるねん。どうや科学の勝利や・・・)
「仕方ない、こうなったらパソコンそのものを破壊するか・・・」
葵の言葉に弾が呆れ顔になる。
「いつもいつも、そんな荒っぽい事しか思いつかへんとは・・・」
誰もが手をこまねき、途方に暮れ始めた頃・・・
「アレッ! 皆、ナニシテルノ?」
遅れて風呂から戻って来たケリアンに渡が掻い摘んで話す。
「ナンダ、ソンナコトカ・・・、OKッ マカセテ」
そういってケリアンは部屋を出て行き、直ぐにカトリーナを連れて戻って来た。
「あっ・・・」
カトリーナを見た瞬間、二郎は固まった。
違法電波を逆探知したほどのスキルの持ち主、嫌な予感がするのも当然だろう。
(へっ、誰が来たかて無理や。わいのパソコンは三段階のパスワードで守られてるんや。あの大阪最高のCPU学校、東沢学園の先生達でも解析できへんかったんやで)
二郎の心配をよそに、八郎は余裕の笑みを浮かべている。
カトリーナは自分のノートパソコンと問題のパソコンをUSBケーブルで接続し、キーボードを叩く。
「フッ、ロックを三段階。チョットは考えてあるミタイ」
(なっ・・・、何やてっ!?)
八郎の顔に焦りの色が浮かぶ。
カトリーナのパソコンの画面には英数字が連続して表示されている、そして・・・
【COMPLETE】の文字が表示された。
オォッ!
あまりの速さに誰もが驚く、凡そ十秒と少ししか時間は過ぎていない。
「開いタヨ」
そういうとカトリーナは接続していたケーブルを外し、そそくさと立ち去る。
(ヤッバリ普通ジャナイナ・・・。堪ガ当タッタカ・・・)
この一件からケリアンはカトリーナに対して、益々疑念を持つ事になる。
さて。カトリーナによって開かれたパソコンのデータフォルダには、赤裸々なアキ達の姿が記録されていた。
弾と渡は赤面して顔を背けている。
アキ・七瀬・圭・萌・優奈・穂波・汐音・涼香の八人は各々の体の一部分にある小さな痣までもが高感度カメラによりしっかりと映されているのだが、葵はその事は知らされていない。
(一応、報告はしておくか・・・)
明日のコンサートの件を含め、ゆかりへ報告する為に葵はスマホを持って部屋を出た。
RrrrRrrrRrrr
「橘です」
「松永ですが、アイドル部のコンサートを公民館でする事になりました。うちと弾が三味線、白布さんがギターでコラボします。メインはチアダンを向坂さんが提案して、全員が承諾しました」
「それは、結構ですね。それと、弾さんとも上手くやれているようで何よりです」
(弾の事はどうでもええっ!)
葵は次の話をどう切り出すべきかを考えている。
「えぇ・・・。まあ・・・。それなりに・・・。それより問題が発生しまして・・・」
「何か?」
「大塩と鈴木のアホ二人が女子生徒の入浴を盗撮しおったんです! 盗撮した動画はパソコンに保存してあり、そのまま没収しましたが・・・」
(大塩君と鈴木君か・・・、まったく懲りない二人ね・・・)
ゆかりもやや呆れ気味になっている。
「で、そのパソコンと画像って?」
「女子生徒八人と留学生二人の・・・、つまりフルヌードをかなり細かく・・・」
「えっ!? あの八人のフルヌードなのっ!?」
「ですから、女子生徒全員と留学生の・・・」
急に取り乱したゆかり、葵はどうなっているのか訳が解からない。
「ふうっ!」
ゆかりは一度深呼吸をして話を続ける。
「ごめんなさい。その入浴シーンのデータを今すぐ私のパソコンに転送して!」
「え・・・、今ですか?」
「えぇっ、とにかく一分でも一秒でも早くっ! いいわねっ!」
PuuuPuuuPuuu
いつもの如く用件だけを伝えると、電話が切られた。
「また、一方的に切りおってっ! 橘ゆかりは女の子のヌード画像でも集める趣味でも持ってるんかっ!?」
一人憤る葵であった。
葵からのデータ転送を受けたゆかりは急ぎ学園長室へと急ぐ。
「やはり。あの八人であったか・・・」
「こちらをご覧ください」
ゆかりは各々の体にある痣の映った画面をキャプチャし、痣を拡大し画像をトリミングする。
「こちらが平泉萌の痣です」
「五本骨扇に月丸か・・・」
「そしてこちらが、白布涼香のものです」
「竹に雀・・・」
「更に・・・」
ゆかりがマウスを操作すると次々に家紋が現れてくる。
「六紋連銭・丸に十の字・剣片喰・丸に違い鎌、まさか九曜紋までとは・・・」
「こちらが最後ですが・・・」
「おぉっ、三つ葉葵かっ! この娘は?」
「温水アキ、長野の渋温泉出身です」
ミネルヴァは目を閉じて顔を上に向ける。
(渋温泉・・・、温水か・・・)
しばらくしてミネルヴァが目を開き、ゆかりを見る。
「蔵王温泉に戦国浪漫の里があると言っていたな・・・」
「はい、米沢で女将から聞いたのですが・・・」
「あの八人をそこへ連れて行け。何か起こるかも知れん」
「わかりました、では松永姉弟に連絡を・・・」
「いや、ここは君に行って貰おう」
「私ですか・・・」
「経緯を知っている者の方が良かろう」
「直ぐに、手配を・・・」
「新学年前の旅行とでもしておけ」
「DoDoTVは?」
「実習もコンサートも無いのだ、行かせる必要は無い」
「承知致しました」
(しかし、本当にあの痣が家紋だったなんて・・・)
ゆかりは何かが大きく動いて来たことを感じ取っていた。
学園長室に残ったミネルヴァ・・・
「まだ、儂に歯向かおうと言うのか・・・。」
その言葉は誰の耳にも聞こえてはいない。
十津川温泉、三日目。
公民館には昼前にざっと60人ほどの観客が集まっていた。
客の殆どは高齢者だが満員御礼と言えるだろう。
舞台の緞帳が上がると、三波が中央に立っている。
「お待たせ致しました。只今より、テルマエ学園アイドル部の皆さんによるコンサートが始まります。皆さんのお孫さんみたいな彼女達の応援を宜しくお願い致します。」
三波が一礼し、続ける。
「今回、司会は私 DoDoTVの突撃リポーター 濱崎三波が務めさせて頂きます。それでは、張り切ってどうぞっ!」
三波が舞台のそでに引っ込むと同時に、涼香がギターを奏で始める。
タイミングを合わせて、弾と葵の三味線が加わる。
会場の照明が落ち、舞台へとスポットライトが当たる。
「行くよっ! せーのっ!」
汐音の合図でアキ達が登場する。
♬♬~ ウダダッ ウダダッ ウーダウダダッ! ウダダッウダダッ ウーダ ウダヨッ!♬♬
涼香がマイクを持ち、『つるべうち』を歌いだす。
「おぉっ、山本リンカじゃ」
「懐かしいのぉ」
ハイテンポな局に合わせて、アキ達はポンポンを振る。
「続いてぇっ!」
涼香の言葉を合図に、曲が『USO』に切り替わる。
♬♬~ UッSOッ! 手をかざして見つめるだけでっ! すぐ、嘘だと分かってしまうっ!♬♬
「ピンキーレイディかぁ」
「なんだか踊りたくなるぞぉ」
汐音がセンターで踊り、皆が左右に広がって踊る。
時折、胸が見えそうになるがそんな事は気にしていられない。
「ラスト、行くよ~っ!」
涼香の声に観客達は声援で応える。
「【山田百華】、『プレイゾーンパートⅡ』っ!」
ギターと三味線のリズムが切り替わる。
♬♬~ 緑の芝生、転がり続ける真っ赤なダルマっ!♬♬
皆、練習したとおりに出来ている。
曲がだんだんと終盤へと差し掛かる。
「行くよっ! スタージャンプっ!!」
汐音の掛け声に合わせて一斉にジャンプする。
ジャンッ♬♬
終了・・・、客席はシーンと静まり返っている・・・
(失敗・・・?)
誰もの頭に不安が過る・・・
パチパチパチ・・・
パチパチパチパチパチパチ!
遅れて拍手の渦が巻き起こった。
「懐かしかったのぅ」
「昔に戻ったみたいだわ」
「良かったぞぉーっ!」
大成功である。
アキ達は手を取り合って喜びを分かち合う。
目には涙も光っている。
その姿を岩田とすずのカメラが追い続けていた。
「では、改めてテルマエ学園アイドル部の皆さんを紹介させて頂きます」
三波が再び壇上に姿を見せた。
「ダンスの皆さん、左から ミッシェル・アデルソンさん、大洗圭さん・温水アキさん・塩原穂波さん・向坂汐音さん・星野七瀬さん・源口優奈さん・平泉萌さん、ハン・ツアイさんです。 ギターは白布涼香さん。三味線は、松永葵先生と京舞踊松永流三代目 松永弾家元です。皆さんっ! カーテンコール お願いします」
弾の紹介だけが特に力が入っていたように思えるのは、気のせいだろうか。
盛大な拍手の中、アキ達は一列に並んで手を繋ぎ客席に深々と頭を下げた。
「ブラヴォ~っ!」
なんと三橋までもが仕事を忘れて歓声を上げている。
テルマエ学園アイドル部、スター誕生の瞬間であった。
無事にコンサートを終えたアキ達は、観客が帰った後も興奮が冷めやらないまま、控室に戻る。
「んっ!? 何あれ?」
控室に入った瞬間、奥のテーブルに青い薔薇の花束が置かれているのを七瀬が見つけた。
「誰のかな?」
アキは花束に近づき添えられたカードを見る。
「【紅の風車】 祝 コンサート成功おめでとう。ファンより・・・だって」
「へぇ、アイドル部も有名になってきたじゃん」
穂波も嬉しそうだ。
「でも、ここでコンサートするって知ってるなんて・・・」
優奈が言った。
「それを見つけ出すのが、ファンの心理じゃない」
「汐音ちゃんもダンテの大ファンだしね」
汐音の言葉に圭が突っ込む。
「もうファンがいるとは、凄いですなぁ。顧問としても嬉しおす」
遅れて入って来た弾が言う。
「ざっと見て、365本・・・、青い薔薇・・・」
「何かあるんですか?」
萌が葵を見て、問いかける。
「青い薔薇は、夢が叶い祝福されるという意味・・・、365本にはずっといつまでも見ているという意味がある・・・」
「うわっ! 素敵ぃ」
涼香が目を輝かせた。
「葵がそんな乙女チックな事を知ってるなんて・・・、なぁ」
弾の言葉に思わず、頬を赤らめた葵。
「まっ・・・っ! まぁ、そんなキザな奴はお前とは違うわな」
「当たり前ですがな」
控室前の廊下では、渡が黙って微笑んでいた、
【花田旅館】へと戻ったアキ達は、女将のたっての頼みで再びチアダンの衣装を着て記念撮影を行った。
そして、これも女将の頼みでサインを残す事になったのである。
「サインなんてした事ないし・・・」
「まぁ、名前だけ書けば良いんじゃね」
この記念写真と色紙はこの後、【花田旅館】に飾られ、これを見に訪れる客も増えていったのである。
こうしてアイドル部の初コンサートは無事に終了した。
だが、東京に戻った後に新たな展開が彼女達に巻き起こるとはまだ誰も予想すらしていなかった。
第十話 「猿とワニと初コンサート」
